VIO脱毛を決意した話

 

 世間が新型コロナウイルスの感染拡大第一波への緊張により、在宅でのリモートワークが進む中、私の職場でも在宅勤務が推奨されるようになった。休日出勤も消滅し、平日の出勤も週に2〜3回あるかどうか。究極に暇になった私は、あることを思い立った。

 

 しばらくスーパー銭湯などで人前に裸を晒す機会もないだろう。陰毛をなくすか。

 

 実を言うと、この衝動が湧き起こるのは人生で初めてというわけではない。

 大切な部分を守るために毛があるのだという理屈は理解できるのだが、それはそれとして、私はどうしても陰毛というものを煩わしく、汚らわしく感じてしまうのだ。そのために、数年に一度は当面のスケジュールの隙を見て陰部の毛を剃り落とし、数日後に伸びてきた毛を手に負える範囲でピンセットで抜きまくるという「パイパン期間」を設けていた。

 今回は何せ時間がある。一番手のかかるピンセットで抜きまくる作業に没頭するのに持ってこいの期間であった。

 

 私の陰毛のセルフ処理は次のようなものである。

 小型のはさみを用意し、陰毛をできるだけ短く切り落とす。その後、女性用カミソリでとにかく剃る。試行錯誤の末に、数年前に確立した手法だ。

 その後は先述したとおり、数日経って伸びてきた毛を人力で抜いていく。毛の流れに沿うようにして抜くと、慣れもあるのだろうがそれほど痛みはない。頭を使わない単純作業が好きな私にとっては、何なら少し楽しいくらいなのだが、とにかく手間がかかる。

 数日かかって大体の毛を抜き終わったところで、突然慄いた。

 

 今は自粛期間のため時間がある。

 しかし、こんなこと、とても続けていられない。

 そうなるとまた元通りだ。

 もう二度と陰部の無駄毛に向き合いたくない。

 

 私の中でたまに頭を覗かせていた陰毛嫌いが、なぜかこの瞬間に爆発してしまった。

 

 そこからはいろいろな手段を考えた。光脱毛、ブラジリアンワックス、家庭用脱毛器……。

 ブラジリアンワックスは比較的魅力的であったが、あれは一時的な脱毛に過ぎない。しかも、所謂Vラインのみを残して処理するというわざは、素人には難しいように思えた。(ブラジリアンワックスでの施術が可能なサロンに行くという発想はなかった。)

 他の方法も「永久脱毛ではない」という点において決定打にかけた。

 プロに頼る脱毛には、大きく分けてサロンでの光脱毛と、クリニックでの医療脱毛(レーザー脱毛)とがあり、インターネットでVIO脱毛について検索してみると、どうやら医療脱毛が最適解のようである。

 

 ここで、VIO脱毛の部位について記しておく。

 Vは正面から見た時に見える部分のうち、ショーツで隠れる部分、更に言えば、その中でも、膣に近い辺りを除いた部分を指す。

 Iは膣周辺、Oは肛門周辺だ。

 そもそも「VIO」というアルファベットで陰部を称しているわけであるが、何と露骨な象形文字であろうか。由来の卑猥さにドキドキしてしまった。(ごめんなさい。)

 

 VIO脱毛のメリットを記したブログでは、Vラインの下の部分を含む脱毛(全ての陰毛を取り除く、所謂パイパンを目指すハイジニーナ脱毛)を勧めるものが多かったのだが、多少は視線から守るものも必要だろうという考えから、できるだけVラインは形を整えてもらい、自然な形で残す方向でいこうと決めた。

 

 

 6月中旬、目星を付けたクリニックに連絡を取り、翌週の頭にはカウンセリングの予約を取り付けた。

 当日、国からの給付金10万円を口座から下ろし、クリニックに到着。

 入れ込みすぎて予約時刻の20分前に到着してしまったため、車の中で再びそのクリニックの口コミを検索してみると、どうやら脱毛以外にも美容医療は一通り行っているらしく、中でも二重瞼の整形が好評らしい。

 特に脱毛で頼る上で参考にならない情報を手にしてしまったが、ブラウザを閉じ、緊張しながらクリニックの入口に向かった。

 

 女性をターゲットにしたクリニックということもあり、スタッフは女性ばかりで、内装もホテルのように美しく感じた。

 私の持つ番号札の番号が呼ばれ、受付のお姉さんと目を合わせた。

 美女である。

 マスクをしているため鼻や口は見えないが、笑顔を見せているのは正に私にとって理想の目であった。

 きれいな二重瞼で、上の瞼縁は美しく弧を描き、両目頭は鋭く尖っている。「二重瞼の整形が好評」という仕入れたばかりの前知識を思い出してしまい、少し罪悪感を覚えた。

 

 個室に通され、担当のお姉さんが丁寧に説明をしてくれたが、インターネットでの予習が万全すぎた為、特に目新しい情報もなかった。

 最後に「大きな出費ですし、今決めなくてもいいですよ。持ち帰ってもらって、ご家族と相談されても。」と声をかけてくれた。

 無理に契約を勧めようとせず、こちらが選択しやすいよう投げかけてくれる配慮と、誠実さが決め手であった。

「いえ、相談するつもりもないんで大丈夫です。」

 同居している家族には、国からの10万円の使い道を伝えるつもりはないし、とても伝えられない。

(典型的な給付金脱毛女になってしまうなあ)と思いながら、契約書類に判をついた。

 

 その後、お姉さんから「施術の前日に剃毛をお願いしているんです。」と告げられ、これまた丁寧に、自身の手の甲をデリケートゾーンに例える形で、剃毛の方法を教えてくれた。

「剃刀に絡まるといけないので、剃る前にハサミで毛を短く切り落としてくださいね。」と言われ、これまで自分が確立したつもりで行っていた剃毛方法は正解だったのか、と驚いた。

 そもそもこの時点で私は自己処理が完了していたため、剃毛方法について詳しく聞く必要はなかったのであるが「もう済んでます」と恥を晒して遮る勇気も無く、最後まで相槌を打ちながら説明させてしまった。因みに、脱毛中にピンセットを使うのは良くないというのもインターネットで予習していたため、しばらくはその工程を控えていたのも正解だった。

 各部位の仕上がりの希望を尋ねられ、「Vの部分が……」「Iの部分を……」などと返答する際に、陰部のことを何の恥じらいも感じずに指し示せていることに気づき、VIOの記号を生み出した先人に感謝した。

 

 この頃には在宅勤務期間も終わり、通常通りの勤務に戻っていたが、定時に退社することも可能と見越していたため、実際の施術日程は平日の夕方を希望した。

「平日なら明日でもいいですよ」と言われたのだが、心の準備が必要と判断し、2日後に予約を取ってもらった。

 

 当日、中央にシングルベッドがある部屋に通された。ベッドの隣には、レーザーを発するのであろう機械が鎮座している。「医療脱毛は痛い」「VIOは特に痛い」「Iに至っては拷問」などの前知識を得ていた私には、それが冷ややかな処刑具に見えた。

「下着を取った状態で、こちらを巻いておいてください」と言い、バスタオルを手渡したお姉さんは部屋から退出した。バスタオルを広げると、学生時代のプールの授業の前後に、女子がこぞって簀巻きになっていた、あのバスタオルと同じ形状である。

 

 着替えが済みしばらく経って、先程のお姉さんが帰ってきた。いよいよ施術開始である。

 先述した通り、VIO脱毛は痛みが強い。レーザー脱毛は色素が濃いところに反応するため、一般的に他の部位と比べて黒ずみのあるIラインの痛みが強いのはそういう理由らしい。そんなところにまともにレーザーを当てるのは恐ろしい。大体のクリニックでは、麻酔をはじめとした痛みを緩和する処置が可能である。

 このクリニックでは、レーザーを照射すると同時に風が照射箇所に噴出され、熱を瞬間冷却することで痛みを軽減するという処置があることを知らされた。一回ワンコインのオプションメニューであるが、痛みが何よりも怖い私は、悩む間もなくそちらを選択した。

 

 始めにベッドに仰向けに寝て、Vラインの照射が始まった。

 ファーストインパクトは、とにかく風の衝撃であった。予想よりも強い。突風だ。これまでの人生で、股間に突風を浴びたことなどなかったため、激しく動揺した。そのおかげもあってか、ほとんどレーザーの痛みに気付かなかった。たいしたものである。

(これなら乗り切れるな)と高をくくったまま、Iラインの照射に移行することになった。

 右脚の膝を直角に曲げて外側に倒すよう指示された。秘部が丸見えになることに羞恥はあったが、相手はプロだ。毎日何人も相手にしているのだし、気にしないようにしてされるがままに身をゆだねる。次の瞬間、鋭い痛みに襲われた。痛い。Vラインの時の比ではない。「針で刺すような痛み」や「ピカチュウが転げまわるような痛み」とは聞いていたが、どちらも言いえている。

「我慢できなかったら休憩入れるので言ってくださいね。」という神の声に従い「痛いです!」と伝えた。いい大人なので、普段は歯医者などで同じことを言われても、限界まで我慢してあまり自己主張しないのだが、今回は限界だった。

 少しの間は平穏が訪れたが、3秒もしない内に「続けますね」と告げられ、照射が再開される。その後も何度か休憩をはさみながら照射が続いた。

 腿の付け根に近い部分の処置が終わったのであろう。膣口に近い部分の照射に差し掛かったのだが、大陰唇を持ちあげられ、驚愕した。初対面の人間に、秘部を手際よく扱われている。こんなに屈辱的なことがあるのか。もちろんその間も痛い。惨めでなんだか悲しくもなってきた。人間だけでなく、生物は急所を晒すとナイーブになるのかもしれない。

 右側の処置が終わり、次は左脚の膝を外側に倒す。先ほどと同じ流れで照射が始まり、休憩を入れながらも何とか耐え忍んだ。

 

 次はOラインだ。うつ伏せになり、件のバスタオルをめくりあげられる。Iラインの処置を経て、私の心はもうボロボロであった。ひとさまに肛門をメインで晒すなど、人生でそう何度もあることではないだろう。6回コースで契約したため、少なくともあと5回は残されているが。

 あまりの無防備さと、先ほどIラインで味わった痛みを思い、ただただ恐怖に身を固めていた。

 処置が始まる。しかし、お姉さんがあわてた声をあげた。

 

「あの、力を抜いてください」

 

 究極にビビっていた私は、無意識のうちに尻に過剰な力を入れていたのである。人の前で尻を出し、力を抜くよう指示されることこそ、人生でそうあることではない。状況の異質さに、今度は笑いそうになってしまった。恐怖と戦いながらも、何とか力を抜くよう努める。

 幸いIラインほどの痛みはなく、しかも面積も広くはないため、長い時間はかからなかった。

 

 VIOの全ての照射が終わるまでおおよそ20分ほどであり、(めちゃくちゃ痛いけどこんなに短時間ならまあ我慢できないこともないな)と思いながら身なりを整えた。

 着替えの間は退席してくれていた先ほどのお姉さんが「お疲れさまでした」と声をかけてくれた。

 こちらも返礼をし、冗談めかして「怖かったです~。」と軽く言ったつもりが、苦情と受け取られてしまい「あ、ごめんなさい……。」と謝らせてしまった。

 確かに、こちらは無防備な姿で痛みに耐えるという人生でそうない経験をしたため気持ちが少々オープンになってしまったのだが、向こうにとっては日常である。

 すぐに弁解をし、そちらには何の非もないことと、世話になったことへの感謝を伝えてこの日は帰宅した。

 

 レーザー脱毛は、照射したその場で見た目において変化があるわけではない。「勝手に抜け始めるまで2週間ほど、早い人は1週間経った辺りから抜け始める」という情報は持っていたため、徐々に伸びていく毛に焦ることもなかったが、ある不安が頭をもたげはじめた。

 

 勝手に抜けるということは、私が認知していない抜け毛たちはどこへ行くのだろうか。

 まして陰毛である。

 私のコントロール下にない抜け方をした陰毛たちが、気付かないうちに、あらぬところに放流されることもあり得るのではないか。

 

 藁にも縋る思いで、「脱毛 抜けた毛 どこへ」と検索してみたが、私が求めているような答えは得られず、ますます不安を募らせていった。

 初めての照射から10日が経った頃、何となく照射された辺りの毛を指でつまんでみると、何の抵抗もなく抜けた。

 こういうことか、とにわかに腑に落ち、その後はとにかく手の届く範囲の毛をむしった。

 もちろん、すべてが容易く抜けるわけではないため、少しでも抵抗があるものについては深追いしないようにした。(照射後に我慢できずに無理に剃ったり抜いたりするのはよくないらしい。)

 

 2週間が経つ頃には、Vライン・Iラインともに不要な範囲の毛はなくなった。Oラインについては、確認する手立てもないためノータッチであるが。

 もはや性器周辺の毛が存在しないため、却って人目を気にして残したVラインの下半分の毛については、こいつは何を守るために存在しているのだろうと甚だ疑問であるが、人並みの長さになったら気にならなくもなるだろう。

 

 残り5回の照射をやり過ごした後の、陰毛から解き放たれた人生に思いを馳せながら、(腋もやろうかな)などと考えている今日この頃である。